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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)784号 判決 1969年8月08日

控訴人

有限会社川又板金工業

代理人

和田敏夫

深田鎮雄

被控訴人

株式会社勧業福祉

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴会社代表者は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠関係は次に付加、訂正するほか原判決の事実記載のとおりであるから、これを引用する。

被控訴会社代表者は、「原判決二枚目表二行目から三行目に「昭和四一年(ル)第四六七二号債権取立命令」とあるを「昭和四一年(ル)第四六七二号債権差押命令および同年(ヲ)第四九八九号取立命令」と訂正する。被控訴会社が控訴人主張のとおり主債務者である訴外有限会社タキタ商店から訴外川又行義保証の主債務について弁済を受けたことは認めるが、これはいずれも利息、損害金に充当されたもので、たとえ、利息制限法所定の利率を超える支払いがあつたとしても、元本に充当されるものではなく、なお、元本が残存しているものである。控訴人の当審における主張事実は認める」と述べ、

控訴代理人は、「右訂正にかかる事実は認める。訴外川又行義は本件公正証書について、被控訴人を相手方とし、控訴人主張の債務消滅理由をもつて請求異議の訴を提起し、強制執行の停止決定をえて、現在執行手続は停止されている。したがつて、被控訴会社の請求は理由がない。」と述べた。

理由

被控訴人が訴外川又行義の同被控訴人に対する元利合計金二七万六一三五円の貸金保証債務について、東京法務局所属公証人西海枝芳男作成昭和三九年第一一三七号金銭消費貸借公正証書に基づく強制執行として、東京地方裁判所昭和四一年(ル)第四六七二号債権差押命令により、同訴外人の控訴人に対する役員報酬支払請求権を差押え、同年(ヲ)第四九八九号取立命令により昭和四一年一二月以降右債務額に充ちるまで、その四分の一の取立権を取得し、右取立命令が同年一二月一九日右訴外人および控訴人に送達されたことは当事者間に争いがなく、右保証債務の主債務は訴外有限会社タキタ商店が被控訴人より昭和三九年一月二四日返済期限同年一一月二三日、利息月七分、遅延損害金日歩三〇銭の約定で金二〇万円を借受けたものであつて、これにつき右訴外会社は昭和三九年一月以降昭和四〇年六月まで毎月金一万四〇〇〇円ずつの利息および損害金を支払つたことは、被控訴人の認めるところである。

ところで、強制執行法は請求権を表示する債務名義が形式上有効に存在する場合、表示された請求権の実質的存否を顧慮することなく執行手続を開始することとし、債務名義の内容である請求権の変更、消滅等によるその実体的効力を争うには、執行手続から離れ別途異議の訴をもつてすることとしている(民訴法五四五条)。すなわち、債権の差押手続にあつては、形式上有効な債務名義が存在すれば、これに表示された債権の有無にかかわらず、適法に差押命令、取立命令が発せられ、かつ、これによる手続の進行が許されるわけである。このような執行手続の技術的構造からみるときは、取立命令を得た取立債権者の第三債務者に対する取立訴訟においては、第三債務者は被差押債権の存否について争うことはできても、執行債権の存否、態様については争うことができないものと解さざるを得ない。しかしながら、強制執行手続における右のような技術的構造は、手続の簡易迅速の要請から認められたものであつて、債務名義が形式上有効に存在する以上、それに表示された請求権も実質上存在することが強く推定され、債務名義が形式上有効に存在する場合における執行は通常実体的に正当な執行であるとの蓋然性が担保されているところにその合理性があるというべきである。したがつて、形式上有効に存在する債務名義が実体上無効であることが客観的事実から明白である場合にもなお、形式上有効な債務名義の存在の故をもつて、その執行行為を適法とすること、殊に債権の差押取立命令の場合において、前記のように執行債権の存否、態様を争いえない第三債務者に対し取立権を行使することは、強制執行法が右の趣旨から認めた技術的制度を濫用することであつて許されないと解さなければならない。

本件において、取立命令を得た執行債権者である被控訴人は、執行債権により保証された主たる債務者に対する債権について、前示のとおり各弁済のあつたことを認めており、その各弁済金につきその都度利息制限法所定の利息または損害金の利率を超過する部分をそれぞれ元本に充当して計算するときは、右債権はすでに消滅していることが明らかであつて、したがつて、保証人である訴外川又行義に対する本件執行債権もまた実体的に消滅していることが明白といわなければならない。このような実体的に存在しないことが明白な債権を表示する債務名義をもつて執行手続の続行を求め、かつ、本件取立訴訟において取立権を行使することは、執行手続上取立権を認めた前示のような趣旨に反し、信義則上許されないと解すべきである。

以上の理由で被控訴人の本訴請求は控訴人のその余の主張について判断するまでもなく失当であり、これと異なる原判決は不当であるから民事訴訟法第三八六条によりこれを取り消し、訴訟費用について同法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(青木義人 高津環 浜秀和)

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